日本のバブルの教訓と米国金融政策
「米国の政策金利が何時上がるのか?」。これはいまや米国の金融市場のみならず、 世界的な経済環境にとって最も興味の高いテーマの一つであろう。 米国超低金利政策は、ほとんどの市場参加者の当初の思惑よりかなり長い期間継続されている。 特に昨年の夏以降、債券運用者の多くは2004年早々の政策変更をも視野に置き始めていた。 しかしながら現実には、グリーンスパン氏の金利に対する発言は一進一退を繰り返すようになり、 利上げのタイミングは今年後半にずれ込むのではないか、 という見方がコンセンサスとなりつつある。
大統領選の年であることの影響を取りざたする向きもあるが、 むしろ今FRBを悩ませているのは、経済の実態と幻想の区別がつきかねる、 「過剰流動性下の景気回復」独特の罠であるのかもしれない。
1980年代後半のバブル期の日本の金融政策が陥った罠と、 今FRBに迫っている罠には、多くの共通点が多く見られる。 「コアの物価」の低位安定。直近の経済にかかった大きなストレスと雇用環境へのこだわり。 成長率のトレンドシフトへの幻想。金融機関への過大な信認。
日銀自身が分析したバブル期の金融政策についての検証論文の中に、 「バブルは物価安定と共存する」との表現がある。当時起きていた株価の上昇・ 債券価格の上昇(金利の低下)・不動産価格の上昇、という資産インフレは結局バブルの崩壊まで、 日本のコアのインフレ指標に影響を与えることはなかった。 今の米国もエネルギーと住宅を除いたコアの物価指数は低位安定している一方、 株や債券といった金融資産だけでなく、不動産や商品市況などの価格は上昇を続けている。
当時日本では85年のプラザ合意による円高ショックの影響で、 国内の中小企業を中心とした雇用に多大な影響を与えていた。 その後失業率の改善が進まない中、円高不況へのトラウマに金融行政は縛られ、 そして今の米国もまた2001年のテロ以降改善していない雇用統計が政策変更の足かせとなっている。
また、80年代後半日本の潜在成長力を上方修正するべきだという議論が真剣に行われていた。 3%成長のトレンドラインからの上方乖離が起き始めたからである。 ITバブルの崩壊以降一旦なりを潜めた米国のニューエコノミー論が 最近の株価の上昇を受け復活する兆しを見せている。
そして、直接か間接かの違いはあれ、過剰流動性の恩恵を受けている金融機関が 不動産金融に傾斜している姿は日米ともに共通である。 米国の民間金融機関は自ら不動産金融をする以上に住宅金融公社への与信を通して間接的に 投資をしているという違いだけである。
日銀の論文は、こうした当時の現象を「時代の空気」と表現している。 経済がバブルか否かを参加者自信が客観的に判断することは難しい。 今のグリーンスパン氏のように当時の日銀も金融市場に対し懸念を表明していたし、 筆者の経験からも海外投資家は明らかに過熱感を示していた。 しかしそういった外部からの警告が市場に受け入れられえることはなく、 90年をピークとする真正バブルへ突入することになったのである。
今の米国はバブルではないかもしれない。しかし今の米国にバブルの芽は確実にある。 現実と幻想のはざまで立ち往生することのない金融政策に、 今後10年の世界経済の運命がゆだねられていると言っても過言ではない。(寺本)
(2004/3/5)