米国年金をめぐる過剰反応
米国の確定給付型年金の積み立て不足が話題になっている。 今年1月-9月の運用利回りがマイナス10%を越える企業が続出しており、 主要500社の積み立て不足金が数十兆円を越えるのではないかとの観測すらでている。 これを受け主要な格付け会社は企業の年金財政の悪化が潜在的な財務構造の悪化を 招く可能性があるとの警告を出し始めており、 実際一部の企業に対しては年金債務の増大を理由に格下げを行うケースも出てきている。 また株式アナリストからも、今後の企業価値を検証する上での重要な項目として、 年金債務の変動を上げる声が強くなっている。
そもそも、米国の年金会計では、 資産は時価評価しディスクローズはするもののバランスシートには乗せていない。 また負債コストの割引率には企業が約束する予定利率を適用している。 負債サイドの必要積立額を上回る資産については、運用益の一部を期間損益に組入れてもよいが、 積み立て不足が一定の水準を越えると株主資本を減額処理する必要がある。 つまり必要な情報は公開するものの、 運用状況については短期的なバランスシート上の評価の対象とせず、 できるだけ長期運用ができるシステムが取られている。
米国における企業年金は、日本のように退職給付金の代り金ではなく、 企業利益を従業員に還元するベネフィット(利益提供)の側面が強い。 だからこそ予定利回りは固定されており、 運用収益の満たない部分は企業が補填するという制度になっている。 予定利回りと実際の運用収益とは長期的に一致すればよいのであるから、 資産状況は開示するが短期的なバランスシートには乗せない。 一方株主に対しては、企業が従業員に約束している利率や、 そのために取っている運用上のリスクは全てディスクローズされており、 もし約束している利率が説明の付かないほど高いものであったり、 運用上のリスクが許容範囲を越えていると思えば、 何時でも投資行動(株を売るなり議決権を行使するなり) を取ることができるようになっている。 本来年金債務が企業財務に与える可能性については公開情報に基づいて事前に充分判断できる仕組みになっており、 たまたま今年10%近いマイナスが出たからといって、 市場追随的にバタバタと投資判断を変更する必要がない構造になっていたはずである。 にもかかわらず現状株価に追随するような形で短期的な年金債務の増減を材料に 債券格付けや株式評価を見直す動きが急激に広がっている。 こうした行動は格付けの悪化による調達コストの上昇や株価の下落などを引き起こすこととなり、 現状の年金制度を維持することが、財務バランス上極めて不利な状況を招くこととなる。 必然的に企業経営者は長期運用を前提にしていた年金制度設計そのものを見直さざるを得なくなるだろう。 これまでの米国の年金資金は、資産価値の計上が短期的なバランスシートとは切り離されていたからこそ (剰余については一部計上が認められていたが)、 長期の社会資本の提供者としての役割を担ってきた。 今年の資産運用利回りのマイナスだけとりあげて格付け機関やアナリストが 年金制度そのものを問題にするのであれば、 せっかくの長期資本の提供者としての年金資産の役割は早晩消滅することになるだろう。 昨今の国際的な会計制度の時価決算化の流れは、 生命保険会社や年金といった本来の長期資本提供者のリスク許容度を急激に減少させている。 米国の年金資金までもこの流れに巻き込むことは資本主義の崩壊につながるといっても 良いのではないかと危惧している。(寺本)
(2002/11/25)