コーポレートガバナンスとスローインベストメント
証券市場における企業統治の議論が最近多様化してきている。 企業統治型投資とは株式を売買するといった一般的な投資行動だけでなく、 議決権行使などの「株主行動」や、 大株主としての話し合いによる「エンゲージメント」 など株主に認められているその他の権利を使って投資家が企業に直接働きかけることを総称して言う。
現在コーポレートガバナンスをめぐる動きはその目的によって 米国発の企業統治型投資と英国発の社会的責任投資とに大別される。 米国の証券投資においてコーポレートガバナンスが認識され始めたのは、 エリサ法による受託者責任の明確化以降と言われている。 加入員の貴重な年金資産を預かり運用する主体として、逸失利益を最小化する義務が 年金運用基金などには課せられたためである。 この場合のガバナンスの目的はあくまで株主利益の追求となる。
一方の社会的責任投資(SRI)は2000年に英国の年金法が改正され、 年金運用者に「社会的責任に関する情報公開」が義務付けられて以降拡大している。 企業を社会的義務を負う主体者と位置付け、 株主の立場にも企業に倫理的行動を促する役割を担わせる、という考え方が背景にある。 株主利益の追求において企業を株主(シェアーホルダー)のものであると規定するのに対し、 SRIにおいての企業は株主・従業員・負債保有者・地域・消費者などあらゆる利害関係人 (ステイクホルダー)のためにあると規定される。 もちろん株主利益の追求においても反社会的行動を抑制しようという企業統治行動は 見られるがこれはあくまでも反社会的行動が株式価値にとって不利益になるためであり、 企業の社会の一員としての義務を果たすべき主体であるとの認識によるものではない。 むしろ米国の年金基金の中には、 株主利益の向上と直接的に関係のない投資行動はいかなる理由があろうと行ってはならない、 と規定しているところもある。
米国の年金の一部がSRIを禁止しているのは社会的責任の遂行が短期的には 企業のコスト増や収益の圧迫要因になるとの懸念を払拭できないためであり、 また一部の年金では過去社会的貢献との名目で寄付行為とも取れる投資行動が見られたことも SRIに対する見方を厳しくした要因であろう。 しかし理論的には企業の社会的責任行動はブランドイメージの向上・作業能率の向上・ 消費者へのアナウンスメント効果、などを通じて長期的な企業価値を引き上げると見られ、 米国の年金がベンチマーク収益率に勝つことだけを目的とした短期的な視野での投資をしているから SRIが適合しないだけだという批判もある。
また株主利益の向上を目指したガバナンス自体が時代の趨勢と共に変化しつつあることも見逃すことはできない。 何を持って株主利益とするかは一様ではない。 過去負債にレバレッジをかけ買収資金を作り企業をコングロマリット化させていくという経営手法が、 事業リスクを分散させ効率的に株主資本を活用するという言う意味で株主に評価されたことは事実であるが、 今の株主にはもはや歓迎されない。 現代のように様々な不確定要素が混在する状況においては株主もまた確実な利益・誠実な経営・ 低空長期の成長を望むようになったからである。
こういった株主の意識の変化はこれまで対極にあると思われていた株主利益追求のための コーポレートガバナンスと社会的責任追及のためのコーポレートガバナンスとの距離を縮める可能性を示している。 「スローフード」ならぬ「スローインベストメント」こそが、 シェアーホルダーの利益と他のステイクホルダーの利益との共存の可能性を探る キーワードであるのかもしれない。(寺本)
(2003/09/25)