ドル相場のマネー離れ?
90年代を通じてドル円為替相場は日米マネー動向、特にアメリカのマネー経済に大きく影響をうけてきた。 しかし、昨年来の円高トレンドはこれまでとは異なる変化の兆しをみせている。
日米マネー動向を示す指標として、日米の信用乗数比を考えてみる。 信用乗数とは、マネーサプライの額をハイパワードマネー(マネタリーベース) の額で割った値である。 中央銀行が市場に供給したマネーが、金融機関の信用創造機能を通じて何倍に拡大したかを示す。 相対的に信用乗数の高い通貨が高くなると期待できるため、 アメリカの信用乗数を日本の信用乗数で割った日米信用乗数比を計算してみると、 80年代半ば以降、対ドル円相場前年比変化率と安定的に高い相関を示す。 90年代前半のアメリカ、 後半の日本では供給されたマネーは不良債権処理にあてられ金融機関の信用創造機能は低下し、 その結果信用乗数は低下した。 日米での低下タイミングのずれから信用乗数比率は90年代前半に低下、後半に上昇し、 95年春を境に円高・円安にふれた為替相場動向と整合する。 しかし時系列でみてみると88年春から91年初にかけて、 および98年夏以降無相関から一時逆相関となっている。 数年にわたって為替は乗数比と乖離した動きをしているのだ。
90年をはさんだ期間は、120円台から150円台まで戻った円安局面に相当する。 この期間信用乗数比率はほぼ横ばいであったが、 その計算項目である日米両国のマネタリーベースの動向は異なっていた。 日本のマネタリーベースは2桁の伸び率が続いていたが、 アメリカでは金利が引き上げられ、マネタリーベース前年比伸び率も半分以下に引き締められている。
98年から2000年にかけての期間では、140円台まで進んだ円安が反転、 110円以下の水準まで円高が進行した。 このときは日本の信用乗数はじりじりと下げ続けており、日米の信用乗数比率は上昇気味であった。 一方アメリカの信用乗数は横ばいながらマネタリーベース伸び率は上昇し続けており、 特に2000年問題が懸念されていた2000年正月をはさんだ前後4ヶ月間は2桁の伸び率となった。
信用乗数比が説明力を失う局面では日本のマネタリーベースの伸び率と為替の相関も逆に動いている。 しかし、米マネタリーベースの前年比伸び率と為替の相関係数は一貫してマイナスであった。 期間中唯一プラスとなったのは為替が90円を割り込んだ95年の円高ピークのときであり、 逆に相場のオーバーシュートを示していたととれる。結果としてみると、 日本のマネー動向にかかわらず、アメリカのマネタリーベース伸び率が7%を超えていくと円高となり、 6%以下に抑えられると円安になっていた。
また株主利益の向上を目指したガバナンス自体が時代の趨勢と共に変化しつつあることも見逃すことはできない。 何を持って株主利益とするかは一様ではない。 過去負債にレバレッジをかけ買収資金を作り企業をコングロマリット化させていくという経営手法が、 事業リスクを分散させ効率的に株主資本を活用するという言う意味で株主に評価されたことは事実であるが、 今の株主にはもはや歓迎されない。 現代のように様々な不確定要素が混在する状況においては株主もまた確実な利益・誠実な経営・ 低空長期の成長を望むようになったからである。
さて、為替は2002年以降円高トレンドで推移している。 2001年以降日本の信用乗数は低下を続け日米信用乗数比は急上昇している一方、 アメリカのマネタリーベースは10%を超える伸び率から6%近辺にまで落ちてきており、 どちらも円高トレンドとは整合しない。 これは日米マネー動向だけでは説明できない別の要因がドルを減価させていることを 示唆していないだろうか。 アメリカ経済は巨額の経常収支をファイナンスし続けなければならないことを考えると ドル相場が米マネー動向と乖離して下がることには注目する必要がある。(上飯坂)
(2003/11/25)