当たり前の形への第一歩
日銀の金融政策決定会合が終わりました。
現状維持プラス現状追認。
政策に関わる部分は現状維持しつつ、市場の価格機能が働く部分は現状追認。
異次元の金融緩和は継続しつつも、異次元のオペレーションからの脱却は始まったようです。
あるべき姿に戻りつつあることが確認できたという意味においては、意味のある決定だったように思います。
問題は、長い時間機能を停止していた、市場の価格形成機能が、どの程度真っ当に動くか、ですが、時間を掛けて少しずつ、リハビリをしていくことになりそうです。
日銀本来の、政策部分の変更については、市場機能のリハビリに目処がついた後。
日銀の正常化も市場の正常化も、恐る恐る前進です。
寺本名保美
(2023.10.31)
賃金インフレが招く格差
世界的に世論が荒れてきているように感じます。
イギリスのEU離脱からトランプ大統領が就任した2016年前後は良くも悪くも行動が開放的だったのに対し、今回は世論全体が内に籠ってしまっているように思っています。
物価上昇と賃上げは、経済格差を拡大します。
資産インフレが経済格差を拡大することは理解できていた人が多かったものの、持続的なインフレと賃上げがここまで経済格差を拡大するということを認識していた人は少なかったのではないでしょうか。
経団連主導での賃上げは、漸く一時昇給からベースアップへとステージを変えそうです。これはこれで良いことであるものの、大手企業の待遇が改善すればするほど、国内での経済格差は拡大し、結果として世論は荒れ、政権の安定性は失われていきます。
人々を不安にさせるのは、今の格差ではなく、この格差が固定化し、更に拡大していくことでしょう。
大企業の賃上げをどのようなパスを経由させ、全就業人口の98%が所属する非大企業の賃上げに遡及させていくのかを見せることが重要で、足元の一時金の多寡が問題なのではありません。
熊本モデルなど、少し新しい形も見えてきているように思うのですが、それを上手く説明できる政治家が居ません。
大企業と中小企業の組織をどのように同質化していくかを考えることも、何らかの解決策に繋がるような気もします。
待ちに待ったデフレからの脱却を、良い方向に利用していかないと、この30年が本当に無駄になってしまします。
寺本名保美
(2023.10.30)
穴あけ終了
数々の変わり玉をピンポイントで投げてきた岸田首相のポケットは、そろそろ在庫が切れてきた様です。
投げた玉が、着地して、社会にポジティブな評価を得られるまでの時間稼ぎとしては、所得減税というのは少々小粒で悪手だった様に感じます。
岸田政権の役割が、彼方此方のパンドラの箱を開けて、底に溜まっていたボールを投げまくることであるのなら、とりあえず役割は一巡したというところかもしれません。
投げたボールがガラスや壁の幾つかに開けた大きな穴が、塞がれることはないので、これから先は誰が首相になろうと、後戻りはしないでしょう。
もちろん、政権が短期間で変わることは、金融市場としては、避けて欲しいので、このまま続くのであれば、それはそれで。
寺本名保美
(2023.10.25)
閉鎖市場
日本のメガバンクがドル建てのAT1債を発行すると報じられています。
利率は8.2%。ファーストコールは5年。今のドル建5年金利は4.9%だから上乗せ金利は3.2%。
正常なプライシングです。
それに対して、5月に同行が出した国内向けのAT1債。上乗せ金利は5年で1.6%。
この時は、3月のCSの破綻から間もない時期で、世界のAT1市場はまだ混乱期にありました。
同一銘柄が国内外市場において、ここまで上乗せ金利に差があることを、何故これを報じたメディアは指摘しないのか?
今回の件だけではなく、国内市場と海外市場とのスプレッド格差は本当に酷い。特に今回のような流動性に乏しい債券や、潜在的な財務リスクの高い債券において、この傾向は顕著です。
国内では割高でも売れるから、需要があるから、というかもしれませんが、国内という閉鎖された市場でしか流通しないことを前提にしたプライシングがまかり通っているこの現状を、市場関係者はどう思っているのでしょう。
結局のところ、買う人が居るから問題ないと言われるのなら、最終的には国内投資家の自業自得、ということなのでしょうか。
これを市場を改善し牽引すべき、国内有数のメガバンク自らが行っていることに、心の底から腹が立ちます。
寺本名保美
(2023.10.20)
聖地の条件
東京虎ノ門の大開発商業ビルに、ベンチャーキャピタルやベンチャー企業の拠点ができるそうです。
ベンチャーの資金提供者とスタートアップ企業とが、集中して存在することで、情報等の共有化が進むことが期待されるとしています。また海外のVCも集まってきてくれれば、日本のスタートアップビジネスの海外展開にも寄与できるとの思惑もあるそうです。
一理あるとは思います。でも何故それが、東京の一等地の超高級開発ビルでなければならないのかについては理解に苦しみます。
もちろん、賃料等については、何等かの配慮があるのかもしれません。それでも何か間違っているような気がするのです。
シリコンバレーや中国の深圳が、スタートアップの聖地となったのは、そこが元々工場地帯だったからです。物価も安く若者達が集いやすく、そして新しい技術を実地で試すための工場があり、用地があり、実証実験に関し行政の理解があったからです。
日本のスタートアップ業界は、今はまだ黎明期です。それはスタートアップ企業だけではなく、それを支えるVCもまた同様です。世界的に著名なキャピタリストが集う華やかな街での人脈作りの重要性もわかりますが、それよりも2005年のヒルズ族と称された勘違いのキャピタリストと同じ轍を踏むことにならないかという懸念の方が先に立ちます。
せっかく立上り始めた日本のベンチャービジネスを再び蜃気楼にしてしまわないように、行政も大企業も地に足のついた支援を考えていかなければいけないと思います。
寺本名保美
(2023.10.18)
原油需給予測から見える世界
ロイターによると、国際エネルギー機関(IEA)は2024年の石油需要見通しを大幅に下方修正し、一方OPECは中国主導で需要が力強く伸びるとして見通しを据え置いた、としています。
実際どうなるのか、ということよりも、一つはっきりしていることは、OPECにとって中国は依然として最大優良顧客であり、OPECを仕切る中東各国と中国との親密度は、外交上見えているものよりも、数段に強いと思った方がよさそうである、ということでしょうか。
中国経済の減速を含めて、世界経済全体の低迷シナリオを描くIEAと、中国経済の復活を前提に世界景気の回復を描くOPECとの対比には、色々な意味が隠されているように思います。
パレスチナ‐イスラエルの戦禍が、再びイスラム陣営と米国陣営の代理戦争化してしまった場合、恐らく中国は反米国陣営を煽ることになるでしょう。
裏で暗躍する経済大国中国。なんとも面倒な存在です。
寺本名保美
(2023.10.13)
軍事行動へのハードル
パレスチナ自治区ガザを実効支配するハマスによる、イスラエルへの大規模攻撃は、国際社会における直接的な軍事行動へのハードルがウクライナ紛争以降、とても低くなってしまったことを端的に表しているようにも思え、とても不安になります。
オバマ政権以降、米国の存在が国際紛争における抑止力として機能しなくなり、ウクライナ紛争以降、国連もまた国際紛争の調停者としての機能を失い、現在の国際情勢はただ各国の理性による抑止に期待するだけの極めて不安定な状況に陥りつつあります。
これを中東地域内で解決しようとすれば、再び中東全域を巻き込む大規模対立へ逆戻りでしょうし、そもそも今の中東の主要国のTOPにその才覚がありそうな顔が見えてきません。
サスティナブルな社会を目指す機運が高まる裏側で、直接的な軍事行動によって命の重さが更に軽くなっていっている現実を、どう理解すればよいのか。
トランプ政権以降よく耳にするようになった「現在の最大のリスクは、政治家の劣化である」というフレーズの重みを実感しています。
寺本名保美
(2023.10.10)
長くなりますが、年金スポンサーの皆様へ
まさか国から、予定利率の引上げを要請される時代が来るとは、夢にも思わなかった…
というのが、年金基金関係者の偽らざる感想でしょう。
別に政府から言われなくても、短期金利が上昇すれば、予定利率の引上げは検討することになります。
資金運用というものは、所詮「リスクフリー(リスクのない)の短期金利」に対して、どれだけ超過収益を獲得できるか、というものなので、リスクフリーレート、つまり何もせずに稼ぐことが出来る収益率が、ゼロ%の時代の目標値とリスクフリーレートが2%の時代の収益率の目標値は、確実に2%の差異があります。
年金基金にとっても同様で、個人がリスクを取らずに得られる金利より少なくても1~2%程度は高い利回りを保証してあげよう、というのが今の日本の基金の共通意識だとするならば、もし短期金利が0%から2%になった場合、基金の目指す利回りも自ずと引きあげざるを得なくなります。
そうした場合、基金運用の潜在損失額が劇的に上昇するかといえば、そうとも限らず、何故なら基金運用においてもまた、ベースとなる金利収入が2%上昇することで、運用損失による元本割れのリスクがある程度低減されることが期待されるからです。
従って、リスクフリーレートが高い時代、リスクフリーレートが高い国での運用は、期待リターンも高く、且つ元本割れリスクが低減されることでリスク許容度も高いため、結果として残る運用収益も大きくなります。
だから、海外での年金運用の果実と、30年間ゼロ金利だった日本の果実を単純に横比較することは意味がありません。
だから、他国と比べて日本の年金の利回りは低いとか、運用が保守的だとか、という指摘については、無視していただいて結構です。
でも、一方で、わが国の30余年に亘るデフレ環境が万が一終わり、ゼロ金利が解除され、日銀の目指す2%台のインフレ環境に回帰する道筋が見えてきた場合のシミュレーションは、各基金においてそろそろ始めた方がよいのではないかと考えています。
多くの年金制度は、長いゼロ金利下において制度設計がされてきました。金利が下がり過ぎて負債が拡大するリスクについての検討はしていても金利が復活するリスクについての議論は、まだ全く行われていないように感じます。
誰に言われたからではなく、どことの比較ではなく、その時々の金融経済環境への適合性について制度も運用もその健全性と妥当性を自ら検証していく、という基本動作が求められているだけなのだと私は思います。
慌てることはありません。ましてや運用リスクを直ぐに引き上げることなど考える必要もありません。淡々と冷静に、自らの制度のあるべき将来について、建設的な議論を始めてみませんか。
寺本名保美
(2023.10.04)
泥沼
原油価格が上昇してロシアの財政状況が好転していることは、困窮したロシアが突発的なエスカレーションに出ないという点においては、良いことである反面、対ウクライナ侵攻が長期化するという点においては厄介な状況が生じています。
ロシアウクライナ戦争が、当初想定を遥かに超えて長期化していることは、当事者達だけでなく、支援をしている関係各国の首脳達にとってもそろそろ危険ラインが迫ってきているように見えます。
今回の米国予算の問題の大きな要因の一つが、対ウクライナ支援予算によるものでした。米国の景気はまだ安定しているので今のところ大きな問題にはなっていませんが、来年の大統領選と景気後退局面が重なってくれば、対ウクライナ支援が大統領選の更なる重要な争点にならざるを得なくなるでしょう。
今回の暫定予算にウクライナ支援予算が含まれなかったことに対し、今後どのような措置が取られるのかもまだわかりません。そして11月には再び暫定予算の期限がきます。
米国にとって、ウクライナ問題をきっかけに予算が立たず、格下げ問題が再燃するなどということは、どう考えても認めがたいことです。
ロシアウクライナ問題の泥沼に、世界の政治が意図することなく、引き込まれていくようで、少し怖くなっています。
寺本名保美
(2023.10.01)