観光客が運んできたもの
円安と物価高で、海外出張旅費が会社規定に収まらない、という話をしていたら、インバウンドの再開で海外客の購買力に国内旅費も引き上げられて、国内出張旅費ですら会社規定に収まらない、という声が聞こえてきます。
宿泊先がダイナミックプライシングを採用して、使用する側の規定が固定しているのだから、当然の結果です。
また不動産価格が上昇しても、家賃相場が上がらないのは、借り手の権利が貸し手の利益よりも圧倒的に優先されているからと言われています。
日本の物価全体が底上げされない背景には、こうした岩盤のように価格帯が動かない時代遅れの商習慣のようなものが影響しているのかもしれないと思ったりもしています。
それにしても、宿泊費、凄いことになっています。
寺本名保美
(2023.06.28)
暴力的な円高
今の為替市場の円安の問題は、対ドルというよりも対ユーロにおいての進行度合いの早さにあります。
対ユーロでの円の直近安値は2008年7月の169円台です。2006年までに急速に拡大していた円キャリーポジションでしたが、2006年の日銀の利上げでまず対ドルでの解消が始まりました。2007年には対ドルでの円安は底値を売ったものの、その後ECBの利上げが継続したこともあり、対ユーロでの円キャリーポジションは拡大を続けていきました。そして、その2か月後にリーマンショックが発生し、円キャリーポジションはドルに対してもユーロに対しても、異常なスピードで買い戻されることになったのです。
当時の米国政策金利は5%台、ECBは4%台、と水準も似たようなところまで来ています。先に上げた米国と後から上げ始めたECBとの間とでタイミングのズレが出始めていることも似た環境と言えそうです。
日本を振り返れば、円キャリーを伴った海外投資家中心の株高・土地高という現象も、2005年からの小泉政権後半に起きた状況を思い出させます。
何かきっかけになるにせよ、ここから先怖いのは、円キャリーが逆転する際の暴力的な円高です。
用心に越したことはありません。
寺本名保美
(2023.06.26)
プライムだけでは意味がない
東証プライム上場企業の改革だけをしていても、日本全体は変わりません。
大企業の賃上げの背中を見て、中小も賃上げを、と言ったところで、上がるわけもありません。
スタートアップに力を入れて、起業が増えたとしても、そのままでは中小企業の数が増えるだけです。
結局のところ、中小がどうやって大企業になるか、という道筋が必要なのだと思います。
中小下請けの仕事を奪って淘汰する、という従前型の大企業の内製化ではなくて、企業としてまたは企業グループとして一体化することで、中小企業の人材と技術を大企業の一部としていくこともできるでしょう。
また、スタートアップや中小企業同士が、合併しながら大企業化していくことへの支援ももっと活発になってもよいかもしれません。
日本の技術を経済を支えてきたのは、中小企業です。中小企業経営の先端性や機動性、そして個々の人材に蓄積されてきた技術力を維持しながら、大企業と一体化された労働条件を享受できる方法はきっとあるはずです。
こうした絵が描けるなら、今回の日本の株高も安心してみていられるようになるのですが。
寺本名保美
(2023.06.21)
ヘッジファンドでの取り付け騒ぎ
[19日 ロイター] - 英国の金融行動監視機構(FCA)は英ヘッジファンド運用会社オデイ・アセット・マネジメントの現金と資産の動きに制限をかけた。
3月に起きたシリコンバレーバンクを始めとする銀行の取り付け騒ぎは、銀行が決算内容を公表してからの僅か1週間の出来事でした。
今回のヘッジファンドの資金流出は、6月当初に創業者の性犯罪疑惑が報道され、会社が創業者を解任し、大手プライムブローカーが撤退を表明してから10日で金融当局が対応せざるを得ない状況に追い込まれました。
今回のヘッジファンドの件に関しては、運用の巧拙に係る部分ではなく、社会的道義性に鑑みた業界内の一連の判断が、資金流出を一気に加速したという意味においても、また今の時代のハイスピードな資金引き上げ行動がヘッジファンド業界でも顕在化したという意味においても、インパクトのある事象であったと思います。
浮ついた市場環境においては、往々にして思いもかけないイベントが市場の雰囲気を逆転させることもあります。
ヘッジファンド全体の需給についても、少し気を付けてみていきたいと思っています。
寺本名保美
(2023.06.20)
中銀それぞれ
米・欧・日の金融政策会合が終わりました。
米国の据え置きや、欧州の継続利上げ、という結果より、それぞれの先行きに係る見通しに注目が集まる結果となりました。
米国については、年内の着地水準が想定以上に切り上がっていたことに加え、来年の着地水準や、長期の目標値が、全体的に上方修正されています。3月だけは金融危機によって一旦低下したものの、先の見通しが相変わらず会合の度に切り上がっていく状況が続いていることは、今のインフレを中銀がまだコントロールできていないことの証左です。
欧州については、「労働市場の謎」という言葉に代表されるように、労働賃金の高止まりを金融政策でコントロールできるかどうかが、ECBにとっての喫緊の課題であることが明確になっていて、そこに対する強い意志を感じます。
一方で日本については、ECBの逆で労働賃金の低迷を緩和的な金融政策の継続が本当に支援することが出来るのか、が最大の課題となりそうです。日銀の緩和策が海外税の低利での円調達を支援するだけであるのなら、資産価格の上昇の恩恵を受けない国内の家計にとっては、むしろマイナスとなる可能性もあります。
他方で中国は一早く利下げモードに入っていたりと、各国の金融政策のバラつきが足元で拡大してきたことも気になります。
中銀の足並みが崩れることは、大相場が終わる一つのきっかけとなることもあります。
注意深く、過ごしていきたいと思います。
寺本名保美
(2023.06.16)
火蓋は切られた
トヨタの全固体電池の実用化についての計画が発表されました。
満を持した発表に、市場の反応は非常に好意的です。
もちろん「全固体電池」の普及が自動車のみならず、電気エネルギーシステム全体に与えうる汎用性への期待もありますが、今回の発表により、トヨタがいよいよEV化に向けて本格的に舵を切ったと取られたことの意味も大きいように感じます。
プレスリリースの中にある、「従来のHEVへの導入を見直し、期待の高まるBEV用電池として開発を加速」という表現が意味することの大きさを、良くも悪くも市場はまだ完全には織り込んでいないようにも思います。
前社長があそこまで拘った、日本の製造業を支えてきた幅広い自動車部品工場の未来についての見取り図は、まだ示されていません。先行してEV化が進んできたドイツの自動車産業は既にかなりの苦境を強いられています。
新たな革新に向かって切られた火蓋は、同時にトヨタピラミッドのソフトランディングに向かっての号砲の火蓋でもあるのかもしれません。
寺本名保美
(2023.06.13)
解らないモノは売らない
仕組債の販社に対して行政処分勧告がでました。
投資家にリスクの周知ができていたか、というよりは、自分の売っているものの中味をどれだけ理解していたか、ということに尽きる訳で、自分が理解できないものを売ってはいけない、という金融商品を取り扱うモノとしての基本姿勢の問題です。
そもそも、仕組債という仕組みは、債券についている「利息」部分で、その他の金融資産の値動きに対するオプションを買うという発想で生まれたものです。
でも、ゼロ金利になり、オプションを買う原資としての利息が無くなると、元本を取り崩してオプションを買うようになります。この時点で仕組債はできた瞬間に元本が毀損しています。
それでも足りないと、今度は、オプションを買う、のではなく、オプションを売ってプレミアムと呼ばれる権利料を受け取るタイプが出てきます。この時点で仕組債の投資家の損失は投資元本全てを失う可能性を抱えることになります。
そして、このオプションを買ったり売ったりを複雑に組み合わせると、見栄えはよいものの、コストばかりが嵩んだ、勝率の極めて悪い、金融商品が出来上がる、というわけです。
と、ここに書いてある程度の話を、理解し、理解させた上で、それでも仕組債が欲しい、ということであれば、別に問題はありません。でも多くの場合、中味の解説を始めた段階で投資意欲は略略なくなるような気もします。
理解した上で使うには、悪い商品ではないのですが。
寺本名保美
(2023.06.09)
未完の現実
今回のアップルの新製品については、アップルが未完の商品を販売に踏み切る珍しい事例だと、事前の下馬評が立っていました。
実際のところ、値段だけみても、これが最終形でないことは明らかで、この新製品の売れ行きの予想でアップル株を売買するのは少し気が早いのかもしれません。
それよりも、アップルが前例を覆してまで、開発途上の製品を世に出したことの意味を考えた方か良いような気がしています。
VR(仮想現実)、AR(拡張現実)を飛び越えたMR(複合現実)と呼ぶそうですが、今回のアップルの新製品は製品としてのトライというよりも、このMRという新機軸に対するトライだったということなのでしょう。
現実がデジタル空間に広がっていく中、現実が空気と水を再現なく必要とするように、デジタル空間では半導体と電気を再現なく必要としていきます。
今、現実社会で起きている半導体爆発は、アップルが開こうとしている新しいデジタル空間に向けての打ち上げ花火なのかもしれないと思ったりしています。
寺本名保美
(2023.06.07)
プロほど危ない相場
昨年、米国金利が市場参加者の想定以上のスピードで上昇を始めた時、債券のプロ達の多くが「こんなはずはない」と言っていました。
今年、日本株が市場参加者の想定以上のスピードで上昇している今、日本株のプロの多くが「こんなはずはない」と言っています。
「こんなはずはない」と言ってしまった瞬間に、その人の頭の中は思考が停止します。そして、自分の理解できる範囲内で無理やり理屈をつけようとすると、必ず大損をすることになります。
理解できない市場に無理についていく必要はありません。でも現実を理解できないということは、その現実を明確に否定する根拠もまた持ち合わせていないということを意味しています。
債券にしても国内株にしても、その市場の中心に居る人ほど、強い違和感を持ってしまう今の金融市場はとても厄介な市場です。
知識があればこそ、自信があればこそ、想定外の損失に巻き込まれるリスクも高まります。
そして下手にもがくと遭難します。
寺本名保美
(2023.06.05)